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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7163号 判決 1962年3月26日

東京相互銀行

事実

原告東京相互銀行は請求原因として、原告は昭和三十五年五月二十五日被告株式会社玉村索道工務所との間に手形割引および手形貸付の各取引を開始するにあたつて、手形取引約定書を作成し、被告会社は右書面で原告の所持する被告会社の振出、裏書にかかる約束手形が支払を拒絶されたとき、原告に対し、手形金につきその手形の支払呈示の翌日から百円につき日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う旨を約定し、被告上野利夫は昭和三十五年五月二十五日原告との間に、右手形取引約定書で原告と被告会社間の右の手形割引および手形貸付の各取引によつて、被告会社の負担する債務につき連帯保証する旨の契約を締結した。

そこで原告は昭和三十五年十一月二十五日被告会社の依頼によつて約束手形四通(額面合計金百五万円)を割引き、何れも受取人たる被告会社から右各手形を拒絶証書作成義務を免除されて裏書譲渡を受けた。よつて原告は右各手形の所持人としてそれぞれの手形を満期日に支払場所に呈示して支払を求めたが、何れもその支払を拒絶されたので、被告らに対し各自金百五万円並びにこれに対する約定遅延損害金の支払を求めると主張した。

被告株式会社玉村索道工務所は答弁として、原告主張の事実中昭和三十五年五月二十五日付の手形取引約定書を作成したことはあるが、それは被告会社が当時原告から四十万円の手形貸付を受けた際、その手形貸付だけについて作成されたものであつて、本件各手形とは無関係である、と主張した。

被告上野利夫は抗弁として、原告がその主張の手形取引約定書を所持していることは認めるが、右約定書は被告会社が昭和三十五年五月二十五日原告から四十万円の手形貸付を受けるについて差入れたものであり、右手形貸付だけを対象とするものであつて、これ以外の手形貸付、手形割引等の取引を対象としていないから、仮りに原告が本件各手形を割り引いたとしても、その手形債務については被告上野と原告との間に連帯保証契約が存在していない。すなわち、被告会社は原告との相互掛金契約に基づく給付金を担保として、原告から四十万円の手形貸付を受けることになり、被告上野は被告会社取締役経理部長の訴外藤森もとの懇請で、右借入について連帯保証することを承諾し、被告会社振出にかかる金額四十万円の約束手形債務について手形上の保証をし、右四十万円の借入について債務弁済契約証書、債務弁済契約委任状、債務弁済契約公正証書作成委任状および原告主張の手形取引約定書に連帯保証人として署名押印した。被告会社は昭和三十五年二月二十五日原告に右手形等の一件書類を差入れ、原告から四十万円の手形貸付を受け、原告は右一件書類を右手形貸付だけに使用するために受領した。被告会社は昭和三十五年八月二十二日原告に対し四十万円を返済し、原告から差入れの一件書類のうち手形取引約定書を除いたその余の書類の返還を受けた(手形取引約定書も当然被告会社に返還されるべきものであつた)。従つて、被告上野の連帯保証債務は右返済によつて消滅したにも拘らず、原告は右四十万円の手形貸付についての右手形取引約定書を悪用して全く対象外の本件手形割引について被告上野に連帯保証の責任を転嫁しようとしているものであるから、原告の被告上野に対する請求は明らかに失当である、と抗争した。

理由

証拠によれば、訴外株式会社広島建鉄が被告会社に宛て原告主張の約束手形四通を振り出し、原告は昭和三十五年十一月二十五日被告会社の依頼によつて右各手形を割り引き、被告会社から拒絶証書作成義務を免除されて裏書譲渡を受けたこと、原告は現に右手形の所持人であること、および原告は右各手形を各満期に支払のため支払場所に呈示したことが認められる。

そこで、昭和三十五年五月二十五日付の手形取引約定書に基づく約定は右手形割引をもその内容としているかどうかについて検討するのに、証拠および弁論の全趣旨によれば、被告会社は索道工事等を業とする株式会社であるが、昭和三十四年頃運転資金に窮し、十同年月五日原告との間に十五口、契約金額四十五万円、十カ月満期の日掛相互掛金契約を締結し、原告から四十五万円の給付を受けた外、昭和三十五年三月二十五日原告から株式会社広島建鉄振出の金額十五万円の約束手形二通の割引を受けたこと、被告会社は同年五月十日右と同内容の日掛相互掛金契約を締結したこと、同年同月十三日現在の日掛相互掛金の掛込額の合計は三十三万九千円であり、被告会社は右掛金契約に基づく債務および手形割引に基づく債務の担保として、右同日現在被告会社取締役経理部長たる訴外藤森もと個人の原告における定期預金四十万円を差入れていたこと。そして被告会社は右同日現在において、給付金額と手形割引額との合計金額から掛込金額と差入担保額の合計金額を差引くと一万一千円の借越となることが認められる。ところで証拠によれば、被告会社は昭和三十五年五月二十五日運転資金に充てるため、原告から四十万円を支払期日同年八月十五日とし、前記の同年五月十日付の日掛相互掛金契約に基づく給付金債権と相殺する方法によつて返済することを約定して手形貸付を受け、同年同月二十五日現在四十一万一千円の借越となつたことが認められる。証拠によれば、被告会社は昭和三十五年七月十五日新たに原告に定期預金として二十五万円を預け入れた外、同年八月五日新たに前記と同一内容の日掛相互掛金契約を締結して掛込んだことによつて、被告会社の原告に対する差入担保としては、右合計金額だけしか増加しなかつたのに対し、原告と被告会社の手形割引取引は同年六月中の割引高五十万円、同年同月末の割引残高五十万円、同年七月中の割引高百六万円、同年同月末の割引残高百三十六万円、同年八月中の割引高二百二十四万九千五百円、同年同月末の割引残高二百七十万九千五百円に達し、割引残高は急激に増大したことが認められる。

以上の認定事実によれば、被告会社が昭和三十五年五月二十五日原告から四十万円の手形貸付を受ける直前までは、一万一千円の借越に過ぎなかつたが、四十万円の手形貸付を機として四十一万一千円の借越となり、その後手形割引の継続取引によつて借越残高が増大していつたことがわかる。

ところで証拠によれば、右藤森もとは被告上野と昭和二十七年頃から友人の間柄にあつたこと、被告上野は訴外斎藤安太郎および被告会社の代表取締役の玉村直哉と共に、昭和三十五年五月二十五日被告会社の本店の応接室で原告の銀座支店の得意先係員の訴外遠藤勇から差出された手形取引約定書、手形債務弁済契約証書、債務弁済契約委任状および債務弁済契約公正証書作成委任状にいずれも被告会社の連帯保証として署名捺印したこと、右手形取引約定書にはその冒頭に「私が貴行に対し手形割引、手形借取引を為すについては左記条項を約諾履行致します」、第一条には「本約定書に手形と謂ふは、私の振出、引受、裏書、又は保証に係る約束手形及び為替手形にしてその原因の如何を問わず貴行において取得せられたものとする。」および第九条には「私の債務不履行による延滞利息は貴行指定の利率により支払致すべきこと」なる印刷があり、債権の確保に関する事項等が定められ、右手形取引約定書の末尾に前記の署名捺印をしたこと、被告会社は右書類等を右遠藤を介して右四十万円の手形貸付を受けるに際して原告に差入れたことが認められ、更に証拠によれば、原告は昭和三十五年八月二十二日被告会社のため約束手形四通金額合計百二万円を割り引き、同日被告会社から前記の四十万円の手形貸付金の弁済を受け、その手形貸付に際し、差入れられた前記の書類の内手形取引約定書だけを手許に留めて、その余を被告会社に返還したことが認められる。

この事実に前記認定事実を合せ考えると、原告は被告会社から運転資金の融資の申込を受け、将来にわたつて手形貸付または手形割引の各取引が継続することが見込まれ、昭和三十五年五月二十五日における四十万円の手形貸付を機として実質的な借越残高が多額に達することから、右の手形貸付ならびに将来における手形割引および手形貸付の各取引について前記の手形取引約定書を差入れさせ、主たる債務者たる被告会社に対する関係においては、原告の指定する利率による遅延損害金を支払う旨等の原告の債権の確保に関する事項を定め、被告上野は被告会社が右各取引に基づいて負担する債務について連帯保証の責に任ずる旨を約定したものとみることができる。従つて昭和三十五年五月二十五日付の手形取引約定書は、本件手形割引についての約定をも含んでいるものということができる。

してみると、被告会社は原告に対し手形金合計百五万円並びにこれらに対する約定の遅延損害金を支払うべき義務があり、被告上野は原告に対し被告会社と同一の義務内容の連帯保証責任があるというべきであるから、原告の請求は何れも正当である。

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